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尖閣諸島問題と歴史

In Uncategorized on 10月 12, 2010 by nows22

日本の江戸時代末期、米国のペリーが来航し鎖国をしている日本にたいして開港を迫りました。米国の当時の技術では太平洋を横断できるほどの石炭をつめなかったので、半年もかけて大西洋を通ってアフリカを回ってインド洋に出てから日本を目指したので、開国がだめといわれて素直に帰るわけにいかないので、ペリーは日本に関する文献をたくさん読み学んでからやってきました。結論は、「日本人は礼儀正しいが、脅しに弱いので脅すに限る」。また先延ばしをして待たせた挙句「だめです」と回答されたオランダの例も知っておりました。

以上によりペリーは、まず大砲で脅し、先延ばしを取り付けたがる日本に対していったん承諾をして、上海で半年間休み、艦隊を増やしてまたやってきました。これに驚いた幕府は日米和親条約という不平等条約を締結することとなってしまいました。

やはり歴史は繰り返すのでしょうか。鄧小平に尖閣諸島の問題は次の世代か次の次の世代で解決するでしょうと言われ、「先延ばし」が好きな当時の日本政府はひとつ返事。それが中国の軍事力と経済力がぐっと強化された世代に、そろそろいい時期だろうと「脅されて」うやむやに行動し国の資産の保全ができない状況になっている。

ここ数週間は、中国政府は世界の世論を気にして大人しくしてみていますが、日本政府が一息取ろうかとばかり中国と世界に対しこれらの諸島の領有権を示す行動を怠ると、また中国の長期的計略の中で翻弄されて国権がゆらぐこととなるでしょう。

「先延ばし」をしても時間がたつばかりで結論もだせず、「脅し」に弱いというのは、日本の弱点を歴史が照らしていると言えます。自らの弱みを知り、そのためにどの様な苦汁をなめる結果になってきたかについて、歴史を通して学んでおくことは日本の各界のリーダーにとって非常に重要なことであると考えます。

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