Articles

日本の若者の個性・進路・環境

In Uncategorized on 5月 21, 2011 by nows22

一般的な日本企業の力とは、技術力や繊細な仕上げのみならず、阿吽の呼吸で進められる生産・流通・販売などをはじめ組織が一致一団できる文化、真面目さや高い道徳心が組織の下部にまで浸透していることなどがあげられると思います。そして弱点といえば、本音をさらけ出せない会議、高度成長の時期の方向性や「世界の工場」と例えられた成長期の仕事の手筈をそのまま踏襲してきてしまった経営、海外に進出した場合については会社としての意志や行動指針の伝達や意識付けのまずさ(日本の文化をそのまま持ち込むため。多くの国ではひとりひとりの人間が非常に違う考えや違った宗教・常識・人生観を持っているのでよくよく話し合わねばプロジェクトも進みません。)、未だ変わらぬ年功序列の体制と終身雇用の伝説、女性と若者層への機会と経験が非常に少ない現実などがあげられるでしょう。ブログとしては全体のテーマは大きすぎるので、今回は、若者について考えてみることとします。

 現在現役の中高年がすでにそうであるように、日本の多くの若者は、主に学校でひとつの答えを暗記する教育を受けてきました。これは、ものごとをあまり考えずに「上部組織や上の者が決めたこと」、または「日本の社会一般において、“こうである”または“こうあるべき”と一般的に認識されている考え方」に沿って、すでに決まったことや前例で立証されていることに疑問をいだかずに直ぐに業務に取り掛かることにより、間違い無く実行することのできる人間を育ててきたため、そういった人間による集団を作り上げ維持するためには都合の良い人材の育成体制をとってきたといえます。言い換えると、戦後の日本の教育は高度成長をするためのロボット育成機関を作ったと言えましょうか。高等教育をもってしても、その様な形であるか、象牙の塔で年配の教授が書いた古い情報と考え方を学ぶ程度なので、企業は大学の教育すら期待しておらず、かえって採用にあたっては実務を教える専門学校の成績を見るようです。一方では、技術系の職業訓練高校の就業状況が現在の日本の景気の中であっても企業から引っ張りだこの状態と聞いております。しかしながら、専門学校や職業訓練高校は、確かに経営・経済・法務・技術等の詳細の知識を提供する面では優れておりますが、本来大学で学ぶべき体系的な学問の考え方なしには、時代の変化に応用しきれないことになると思います。その様な大学教育こそ必要でしょう。

他の先進国では、特に新卒の場合などは、どの様な専門分野を学んだかが、決定的な採用基準となります。専門の学科が会計であれば、管理会計や経理。産業系の数学を専攻していれば、保険会社の商品企画。心理学や集団行動学であれば、人事。これが他の先進国の常識です。これが日本では一部の技術系を例外とすれば、特に多くの新卒者が大学で学んできたことは採用基準とはなっておりません。

 さて、高度成長時代の日本では若者が学校を卒業して就職する際に、一部の技術系以外は学んだ分野はほとんど無視され、偏差値のより高い大学を卒業した人間である程、一流企業と言われる会社に採用される確率が高かったという事実があります。そうはいっても、高度成長期には新卒者に対する教育は、研修と実務を通じて念入りに行われてきました。またその時代は、不文律として年功序列・終身雇用がありました。高度成長が30年程も続いたのですから、年功序列と終身雇用はそれが多くの企業の常識の様とらえられ、この時期の企業戦士らは、鼠の競争の様に出世に向けて一斉に一生懸命仕事に取り組んだのです。

これに比べて、現在の若者のおかれている現状はどうでしょう。現在の多くの中高年は、資金に余裕のある企業が年功序列と終身雇用を反故にして早期退職を突きつけたり実力主義に給与が連動したりする体制を採った場合を除き、終身雇用とインフレーションと高度成長が続いた時のパターンで給与が少しずつ上がっており、給与が高止まりしている状態にあるようです。これは日本の労働者が強い労働者保護を目的とした法制により守られているという現実に加え、企業は人材を市場に放出する際に極めて多額の資金が必要となるためその様な余裕は無いことに基づきます。これらの日本の中高年は給与が高くて人口も多いので、海外との競争の激しい現代においては極めて高い人件費を負担しなければならないため、企業もたまったものではありません。中高年の高い労働者のコストに対し、新卒を絞ったり、非正規職員を採用したり、海外に出て行くなどの手を打たねば会社の存続ができなくなります。そこで非正規社員を安いコストで雇うのですが、それにより非正規社員の多くを占める若者の育成ができなくなります。アルバイトや派遣労働者を雇っても、経済状況によっては解雇しなければならないので、教育費や教育にあてた時間が無駄になります。且つもし教育を与えたとしても、他の同業者によって雇われたらどこの教育費と教育の時間かがわからなくなります。加えて重要な情報や業務上のノウハウまで競合先に与えてしまったら大変です。正社員とは違って企業への帰属意識も低いのですから。

 若者の能力の育成ができないのは、教育が原因でもあり、労働法が問題でもあり、日本企業の旧来かわらぬ体制の問題でもあり、中高年の意識の問題でもあり、これらをしっかり変革しない政府と報道しないマスコミの問題でもあります。将来の日本を背負って立つべき若者が、海外で留学や仕事を希望せず終身雇用を望むといった内向きと下向きであり、教育や労働能力の機会が欠如されており、親や会社の先輩などによる時代錯誤の高度成長時代の考え方の刷り込みを脳裏に刻まれ、考える能力の欠如のために直ぐに暗記して納得してしまう習慣を身に着けてしまい、低収入と不安定な雇用とそれに伴う高度成長期に活躍した娘の父親と比べられてしまう不条理の中での婚活の厳しさもあり、若い男性だけの収入では結婚生活が難しくとも独り立ちする様に育てられなかった若い女性が職業でも成功するように周囲の期待は強く、一方企業内いじめがあり、考え方を新しくて世界を見据えられる指導者も不足していることに加えて、将来の若者世代に対する社会保障も薄く、さらに若者達が天文学的な国債の乱発を背負わされているという環境にあります。この様に若者の機会と環境と将来を見捨てている国に将来はあると言えるでしょうか?人口の多い中高年の多くが政府のかくあるべき変革を望んでいるようにも見えませんし、自分達の経済的安定以外の何も考えていないというのが本音かもしれないので、彼らが投票する政府には期待することはあきらめます。まず彼ら自体の意識を変えていくことが第一歩かもしれません。一部の元気の良くて前向きの若者と将来を思うことのできる中高年の力で何とか事態を変えていきたいところであります。

 若者一般に対しての自説を論じている雨宮処凛さんは、「普通に生きることが高いハードルとなる一方、そのハードルを乗り越える力を身につける前に社会にほうりだれてしまった若者」という様に現代の若者が置かれている状況を指摘しています。彼女自身がその世代であるからこそ、切実に心配して実情を訴えているのかと思います。放っておいては、問題は解決しません。だからこのブログでも訴えています。日本の将来が暗くならないように事態を打開していける策を私もしっかり考えていきます。

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。