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曖昧さと意思表示

In Uncategorized on 7月 1, 2011 by nows22

この世の中には、非常に論理的ではっきりとした考え方を好む文化と、極めて曖昧で複雑な習慣を含んだ文化、そしてその両極端の間に多くの文化があると考えてよいと思います。その文化も国や宗教・民族・階級により完全に分けることは、難しいのではないでしょうか。かみ砕いていくと、個人に行き着くと思いますし、個人も時間軸の中では違う考え方や習慣を持つようになるでしょう。場合によっては文学のジキル氏とハイド氏の様に個人の中の人格も複数であったり、他文化に接しているとその異質な文化に寛容的になってきたりもします。

さて、日本人は一般的に極めて曖昧な文化をもっているとも言われます。欧州・北アメリカだけと比較をすると確かにそうかもしれません。アジアやアフリカを含む世界と比べますと、確かにアジアでも日本は曖昧な方に属するとは思いますが、韓国を始めアジアには曖昧な文化が多々存在すると思います。インドや中東などには狡猾な人々もおり、実利に加えて曖昧と論理をうまく使い分けながら取引や駆け引きを行うこともあるようです。

一般の日本人は、人との対話の中で言葉を使う際に、「ぼちぼちです。」「まあ、そんなところです。」「ご足労をおかけしました。」といって話の内容をぼかすことが多くあります。この際にこれらの言葉を話した人は、相手方の顔色を観察したり、目の動きから心模様を察したり、相手が答えた際の声音や話し方より相手の心理を探り、心理にあった受け答えや行動を採ろうとします。この人間関係に関する気遣いで争いは減るでしょう。一方で気遣いをしすぎて本音が分からなくなったり、これを利用して腹の探り合いがあったりもします。しかし、この曖昧な物言いとそれに付随する心理的気遣いは、日本独特のものでは無く、欧州人やアジア系の人々にも多かれ少なかれみうけられます。それでも日本人はこの文化が非常に強いグループに入ることは確かです。

国際政治などでも曖昧さは使われます。例えば、領土問題などを何十年も曖昧にしておくと、関係国の間に調和と安定が生まれます。このことについて自分の考える論理に基づき曖昧のままではうまくないと考える政治家が「自国の領土」とはっきり宣言したら当然緊張は生まれるでしょう。この例では曖昧と論理は、前者は当座の安定を生む一方、後者はもめごとにもなる可能性を秘めながら主張が正しく受け入れられれば長期的安定の可能性もあり、どちらが絶対的とはいえません。それを決めるのは人間といえるでしょう。国際協定や法律も普通は論理的にがちがちに作られていることが多いですが、時には曖昧にして自由な解釈を与える場合もあります。日本政府の好きな中国との関係などで使われる言葉の「戦略的互恵関係」という表現などはその例です。どちらかというと自国に有利に運びたいという思惑、または双方の協調のどちらともとれるような表現ですね。

国家や法律のレベルを離れて世界に目を向けてみますと、都会の人や事業に携わる人は、日本人も含めて、曖昧さを嫌い率直さと論理的考え方を求められます。それは情報交換の量を一定の時間に多く伝え合いたい場合や、スピードが要求される環境であることなどからおこります。意思が正確に伝わることが必要な場合も当てはまります。このような際、日本人は他国の人と向かい合った時などに、どうしても自分の意思を伝えきれないことが多いようです。理由を羅列してみます。意思自体が曖昧であることもあります。意思を表明して相手の意思を受け取るのではなく、むしろ相手の感情をくみ取ろうとする習慣から抜けることができないからかもしれません。加えて和製外国語を基に意思を伝えたい場合も問題があります。和声外国語は、意味が原語と合っているのかもわからない程の適当なしろものが多く、ローマ字から類推してカタカナに加工されており、日本語や他の言語との複合になっていたりして(例えば、マンネリ。意味は、万年ism、万年主義、またはずっとやり方を変えない様)とても恥ずかしくて使えない場合もあります。こんなことはないでしょうか。英語の場合です。「I claim the product is very good.」と聞いた際に、よく全体が聞き取れなかったため、そうかクレームといえば(誤訳の)「苦情」だとして判断して、「何でうちの商品にクレームをつけているんだ!」と憤慨するとか?相手はあなたの会社の商品をほめているだけなのに、あなたから怒りを受けて訳がわからない状態となります。海に潜るときに背負う「ボンベ」を意味する言葉は、ドイツ語で「爆弾」という意味だそうです。これでは007の映画か自爆テロリストの話になってしまうではないですか。

外国人と一緒にいた際に、自分の意思を主張できない最大の理由は、自分の意思自体を持っていないか、意思を決めるための思考回路ができていないこと、またはこれら両方からきているのでしょう。これが一番問題です。ここで小話を作ってみましょう:

5人の大学生たちがフランスの田舎に旅行に出かけました。昼食も終えたので、皆これから何をしようかと考えました。シリア人は湖のボートに乗りたいと、インド人は湖畔で景色を眺めながら水たばこを吸いたいと、カナダ人は森にハイキングに行きたいと、ベネズエラ人は釣りをしたいと言いました。皆ひとりで行動しても面白くないとも思っているので譲りません。自分の意思も通したくてそれぞれ自分の案の楽しさを強調します。突拍子もない例を作り上げて危ない目に遭うとして(例えば、「湖でボートに乗るとネッシーが現れるぞ」とか)、他の人の案を取り下げてもらうべく説得を工夫したりもしました。当然それでは話がすぐには片付きません。ふと、カナダ人が未だ意見を発言していない日本人が居るのに気づき、言いました。「タカシ、あなたは何をしたいの?」。皆の目がタカシに集中しました。彼は「何でもいいよ。みんなの決めたもので。」と答えました。一瞬みなの間に沈黙が起こりました。つかの間の沈黙の後にまたがやがやと話し合いが始まりました。

まさか、このブログの読者で今回作り上げた小話のような経験をした方はいないでしょうね。ここでは、自分の意思自体を持っていない場合を想定して作りました。もしかするとタカシは相手の意思に合わせようとして「あうんの呼吸/以心伝心による調和を求めた」のではないか、と解釈してもらってもかまいません。しかしそうであっても、悲しいことに誰もタカシの気遣いに気づくようなことはありません。これが世界のほとんどの自由国家に共通することです。意思をはっきり伝えなければ、北朝鮮の様に生まれた時から国家の意思に合わせるように人格が作られてきた人々は別として、多くの自由世界の人達には意図が伝わりません。日本女性はとりわけ異性に対しては自分の意思をはっきり示さないことを美徳としてきたせいか、上手くはにかんだりして意思を曖昧にしておくことがあります。外国で良く思わぬ男性に言い寄られてもこれをするものですから、ヘラヘラしているので自分を受け入れてくれるんだな、と判断されてSexual harassmentにあったり強く言い寄られたりもします。

さて、意思自体を持ってないことは実際には問題となるでしょうか?多くの人が一緒に働く工場などではこの小話のようなことがあれば弊害です。意思を持たないか意思を殺してくれたほうが効率は格段にあがります(できれば、経営側と同じ方向性の意思をもった工員が最高ですが・・・。小さい企業や大きくても超優良企業ではこれを実現している場合も多々あります。)反対に、執筆・デザイン・開発・経営などの専門家で意思を持たない場合は致命的です。先進国になればなるほど後者のような業界や職種、あるいは知的産業は増えてきます。日本人はこのままで大丈夫でしょうか。

「意思」はぶつかり合いや争いを生みながら新しい視点や創造を生み、「曖昧」は調和や安定を生みながら惰性や論理の不在を生む傾向もあります。どちらも良い点はあり、悪い点もあると思います。日本でも戦国時代には多くの武将の意思のぶつかり合いがありました。殺し合いはありましたが、新しい平和な時代の幕開けとしての意味合いもありました。そして第2次世界大戦後に生まれた大学生たちによる右翼や左翼の運動も強い意志に基づいておりました(大多数は付和雷同層や時代の雰囲気に呑まれただけであったそうですが、指導者達に関して)。これらに付随して多くの犯罪や狼藉が興ってしまって、直接には良い結果を伴わなかったものの、旧体制への疑問の投げかけや新しい時代を目指した運動などで世論を沸かせました。これらは良い意味でも悪い意味で彼らの意思を礎としておりました。それでは、昨今の若者は意思が弱いのでしょうか。まるで世の中が調和して安定しているかのようです。今の日本が曖昧に浸っていると言い換えても良いのかもしれません。しかし、意思を持たないことで、またはあっても主張をしないことで、多くの問題が彼らの環境をめがけて襲ってきていることについて、中高年も若者自身も気づいているのでしょうか。国家財政危機と将来の若者への負債転嫁。時代遅れの社会制度と日本企業の旧来変わらぬ人材管理体制。これらに対しても既得利権を守るために体制を変えようとしない中高年を中心とする日本の指導者達。このような状態に何の疑問も持たず権利の主張をしない若者達。この国の環境の中で若者自身が自分の意思をもって考え行動することは今後可能なのでしょうか。

食堂やカフェに行ってもPCや携帯電話を使っても、「メニューから選択」以外の形で意思を決める経験が少ない多くの日本人にとって、「考えさせる教育」「考える機会」というものが必要になってくると思います。意思とは考えることから生まれてくるものではないでしょうか。

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