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社会起業家~情緒的反応~そして定義のあいまいな議論

In Uncategorized on 6月 12, 2012 by nows22

本日インターネットで調べものをしていると、一般にホリエモンと呼ばれる人物のブログが検索されました。そのブログの一投稿の題は、「社会起業家とか眠たいこと言ってんじゃねーよとか私は思うけど。」とあるので読んでみました。前半はあまりにも「かっこつけすぎ」などの表現を使い情緒的であり、後半は納得できる部分もある反面、この人は言葉の意味を知らずに話を進めているのだと分かりました(というより日本社会一般に社会起業家の定義があいまいである)。似たようなことをおっしゃっている商店経営のおじさんにも会ったこtがあります。

確かに営利企業は、投資家への十分な利益の還元、つまり配当と株式評価の増大、貸付や売り買いにおいての信用、税金をあげ社会に還元、雇用の確保による労働環境の安定化など利益をあげることよりいかに社会に貢献しているかは一般の営利企業の存在意義の大きな部分といえます。更に、利益を上げるためには科学技術の水準を上げ、すこしでも使う資源を減らして、従業員を鍛え教育しなければならないことから人材の育成にも多大な貢献をしています。私の以上の考えと同じくホリエモンは正しいですね。このことについては、ホリエモンは以上のようにもっとしっかりと主張してもよい位です。しかし、営利企業は欲による金銭的犯罪や環境破壊をしてしまう負の部分も兼ねてはいるのが事実です。

次に、社会起業について。社会起業の例としては、英国発のビック・イシューがありますが、日本でも都会に居ればよく見かけると思います。ホームレスの自活と取引や金銭に対する教育を実践を通して学べるように仕組まれています。同様に英国では、ホームレスに無償または低賃金でレストランの料理人をさせて、有志のプロの調理人が出張して彼らを指導・育成して自活に結び付けるようにさせます。元ホームレスには自分の店を経営するような人もでてきています。そして、ノーベル賞も獲得したグラミン銀行のモハメド・ユノスです。小さく貧しい家に貸し付けてミシンなどの購入など内職を始めたりその収入を上げたりして貧困を少しずつ救ったのです。その数が大きいため社会への貢献度は巨大なものとなりました。これらに共通することは何でしょうか。それは、「自助努力をして、悪い習慣を捨てて、自活するため一生懸命になる者のみを救うこと」と「利益が出て組織の運営をこれで賄えることから、どんどん公共資金や寄付をつぎ込んでいない」ことです。つまり、「施し」ではなく「自立の助け」であり、且つ市場のニーズに合致して利益も出しえることから事業として成り立つのです。これが私の社会起業家の定義です。これらの仕組みを作り実際に運営するのは、並大抵ではないと思います。

「一般に公共資金や寄付を中心に活動をしているNPOやボランティア団体は社会起業家でないの?」という問いがあったとします。答えは「いいえ」です。これが「そう」であれば、営利企業も(ホリエモンの示唆するように)社会起業と呼びたいです。これを社会起業というのは、ただ言葉がてきとうに雰囲気を通してお互いに分かり合っているか、それこそ一種の流行語だと思います。貧困や天変地異や広域伝染病などを被った人々を一律で助けるから公的資金や寄付がされるのであって、努力や自活へ進める者だけを助けるのはこれらの資金を捻出した人たちの一部からの非難もありましょう。ちなみに世界的には、Room to Readを組織して貧しい国の子供たちに本と図書館を提供して素晴らしい結果を治めてきたジョン・ウッド氏が有名です。彼の自叙伝についても、翻訳者または編集者が勝手に日本で小さく流行している「社会起業家」を題名に入れており、英語の原題にはその言葉が無いのが日本人がいかに情緒的に言葉を使っているのかが分かります。

「定義をしないで議論をすすめる日本人」は、このブログでも何回か触れています。もっともこの例は「定義が違っている事例」と判断しますが。次に定義の話はひとまず終えて、この3種のうちどの組織にはどのような人々が必要かを論じます。

この3種の組織形態のすべてが社会に貢献するわけであり、優劣をつけるとすれば個々の団体の運営や活動結果とすべきでしょう。社会起業やボランティアは引退した人々やパート・タイマーにも最適と思います。社会起業やNPOのリーダー達を除けば、社会的使命が自己の資本主義市場での人材価値の増大より価値観がずっと高いのであれば若い層にも最適です。でも、(ホリエモンが暗示しているように)資本主義市場で評価されてから社会起業やNPOに向かうことは(上述の元マイクロソフト幹部のジョン・ウッドの例があります)可能ですが、社会起業やボランティアを長年経験してから営利企業に勤めるパターンだけは避けるべきです。就業経営の無い、または浅い若者はやはり営利企業の内外から評価されてからの転身でも遅くは無いと思います。社会起業はかっこいい、言葉の響きも良いなどとして情緒的に進路を決めず、本当に社会を変えたいのならば、営利が関係する会社の社員として逆風に身を投じ鍛えられてからその信念を心に秘めつつ転身するのが得策と考えます。

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