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TOEICとガラパゴス。内向きの基準と世界との温度差。そして、英語で考えること。

In Uncategorized on 7月 18, 2012 by nows22

少し前になりますが、ガラパゴス島の最後の古代生物のガラパゴスゾウガメのダーウィンが死にました。貴重な古代生物の最後の一匹の絶滅によってもうこの種は帰ってきません。博物館でしかはく製をみることができなくなりました。こんなことを続けていってはいけません。種の多様性がこの惑星に豊かな自然とその恵みを与えてきたからです。

さて、話は転じて英語試験のトーイックです。日本でしばらくもてはやされている英語試験のTOEIC、つまりトーイック。これを会社の採用や職員の評価に使う事例が非常に増えてます。それを東洋経済などのメディアは、ガラパゴスとたとえてます。「読み」と「聞く」ばかりを訓練して「話す」と「書く」もできるようになると想定しているだけだからのようです。私もその通りと思います。発信するほうを鍛えずに受け取る方だけでは片手落ちになるはずです。そして、TOEICを受ける人たちの65%が日本人。17%が韓国人とのこと。日本人と韓国人で8割弱を占めており、世界仕様というより日本・韓国向きと言った方が妥当のような状況です。この試験は点数で人の評価が出ますし、あたかも世界の中での評価のように思えて、人事部も使いやすいし内外に満足を得やすいのでしょう。

私が米国人らと同行してプロジェクトを支援していたときの話です。彼らは、ある仕事関連で知り合った日本人がおとなしいのだと思っていたところ、日本人の知り合いにあったとたんに水を得た魚のように話し始めたとのことです。米国人らは「自分たちとは話をしたくないということだろう。」と言ってその人の人格に疑問をはさんでおりました。おそらく、その日本人は英語が弱かったのでしょう。しかし、「ユキビタス(Ubiquitous)」だの「ジェネリック薬品(Generics)」だのいう人間が、英語であいさつもできないとどう思うでしょうか。普通の話し言葉では、前者はPopularと言い、後者は医療専門用語のため英語を母国語とする一般労働者でも知らない人がいるでしょう。これらを日本人が発すると「おー、できる」と思ってしまうので、挨拶もたどたどしく簡単な会話も上手くできない場合は、あえて自分たちを受け入れないとか、外国人嫌い、場合によっては人種差別主義者ともとらえられかねないです。それを普通彼らはあえてその旨を日本人側に言わないわけですから、友人関係はもちろん仕事やなんらかの活動であっても甚大な人間関係の不信を引き起こしかねません。試験を目的として英語を勉強して良いのでしょうか。言語は人間関係をよりよくして効率化するための道具のはずでは。

私は英国の大学院留学の経験がありますが、実際TOEICはあまり知られていなく、英国製のIELTSやケンブリッジ検定の方が格が完全に上でしょう。後者のことはよくわかりませんが、前者は英語を母国語としない大学受験者がGeneral(一般)ではなく、Academic(学術)を選択すると論文や面接官との会話もあって、そのうえでの評価がされており、これを基に大学入試の資格のひとつの尺度にするわけです。ところで、英国では大学数は日本で約2,000校、米国で約3,000校に対して120校しかありません。英国の人口は日本の3分の2位ですから日本の10校に対して1校位にあたります。そこにEUや大英帝国の旧宗主国をはじめ北アメリカやアジアからも留学生が押し寄せるわけですからいかにその大学の入学も卒業も厳しいかが分かるでしょう。加えて、大学内部のリストラクチャリング が厳しい。学長募集などの新聞広告は珍しいことではありません。評価の低い講師や時には教授の首切りもあたりまえ。よい施設や学校の買収も珍しいことではありません。当然、入学との時に必要とした英語試験などは卒業の時期には関係ありません。それ自体に専門分野の知識や考え方から英語能力までの証明になります。日本のように一度入学したら遊んでいても卒業できるわけではありません。部屋に閉じこもって勉強、図書館で文献の研究、多国籍の学友との討論などの厳しいなかを潜り抜けて卒業をします。英国に住んでいた時、喫茶店の中年事業主が、大学の講座を受けに行っていて学位を取ろうとしていると語ったところ、周りの常連か友人が、「おー、すごーい!」と言って称賛と尊敬をあらわしたのを聞いたことがあります。この国の大学教育の評価の高さを示しています。英国の大学を卒業した英語を母国語にしない卒業生に対して「英語の試験の成績は?」と聞くのは入学時点の話であり、英国では聞かれた方が「?」なのです。そしてこのとてつもなく厳しい大学側の目にさらされているのが、ケンブリッジ検定であり、IELTSなのです。当然品質の維持と改善には必死になります。

話は英語の学習と能力に移ります。「聞く」「読む」「話す」「書く」に加えて、私は「考える」を提唱します。TOEICの訓練をする時間より仕事にも必要な活動にも役にたつはずですよ。人間は常に会話していたり物を読んだりしているわけではありません。通勤、散歩、待ち時間、会議での思考など、会話もなく何も読んでいなくコンピューターの前にもいない時間は多くあると思います(その際も英語を介している場合は英語で思考すべきです、そうしなければ、あまりにも不自然で不効率です)。もし英語をものにしたくて、とくにそれが職業や高度の技術や知識を必要とするものであれば、日本語の代わりに英語でものを考えて論理的思考も一緒に鍛えることは効果があると思います。実際、私も事業計画のほとんどは英語で書いてますが、その時の思考は英語ですし、しばしば思考する時にはあえて英語で行っています。私の英国の留学時代の2年目には、夢までも英語になってました。それが自然で・・・、後で気が付くと英語でみていたなと気づく感じでした。

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