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総合職か専門職?もちろん専門職を目指さないと。専門職を育てないと。

In Uncategorized on 11月 6, 2012 by nows22

日本企業では従来総合職を育てることに人材育成の主眼を注いできました。専門職は技術職と同一語であるかのように「理数系の大学を卒業して開発や研究そして現場の技術革新に努める人たちを」指すもので有り続けました。しかし実際には専門職とはいっても、法務・会計・人事・経営企画・外商・買付・デザイン・広報等など多岐にわたります。特別・特殊な能力を必要としない単純作業などの職種を除きその範囲は広く、一時的に専門を割り当てられている総合職を含めればほとんどのホワイトカラーは、一過的な専門職ともいえます。そして定義としては、「専門職を一時的に浅くたくさん経験した人々」を総合職と呼んでもよいのでしょう。

ここでいったん日本の現状を見ていきましょう。テレビが分かりやすいと思いますが、アナウンサーとはいったい何をすべき人でしょうか。あるいはその定義はなんでしょうか。それは「情報をできる限り正確そして偏見や個人や一部のグループや組織の考えに偏らないよう客観的に迅速に簡潔により多くの人々やより広い社会に伝える」ことではないでしょうか。英国のBBCやフランスのドゥー、米国のメディアから中東カタールのアルジャジーラに至るまで短いニュースのテーマ曲が終わった直後から事実と詳細の情報の連続です。しかし日本では、民放はアナウンサーが自分の意見を言ったり事実の報道の会間にご意見番という漫才師やスポーツ選手・評論家などその報道と全く関係ない分野の人達から凡庸な意見を聞いててきとうにうなづいていることが非常に多いのです(あきれて私はチャ

ンネルを替えるのですが)。またアナウンサーの本来の仕事に対峙するかのごとく、効果音や音楽で盛り上げたり吹き出しすらありますが、視聴者は知性より感受性が高いのだと見下げているようですが・・・。そしてランキングの一位や二位を指して「じゃーん」と言って驚いたり騒いでみせるのが報道の役割でしょうか。ニュースとお笑い番組の垣根が無さすぎます。彼ら彼女らは局やアナウンサー学校からこのような教育と指導を受けてきて疑問に思わないのでしょうか。田原総一郎氏のように一度にアナウンサーとインタヴュアーとご意見番をするようなある種の天才のまねをせず、彼の専売特許としておくべきではないでしょうか。いずれにしてもこういった報道側の姿勢は、見る人に偏見と報道元の考え方の押し付けとなり、知らず知らずのうちに視聴者の考え方に刷り込まれてくるはずです。一部のNHKの報道ですら同様の傾向が見えてしまうのは情けない限りです。もちろん大阪市長の門地・出身を中傷に使った報道機関は論外です。人でなしです。報道期間の管理職もアナウンサーもご意見番も誰にでもできる浅い総合職と化しているのが分かります。国家にもヤクザにも負けない程の理念と信念が報道機関の一番の売りのはずですが・・・、ここでも一部のロシアの反体制のメディアの崇高さに完全に負けています。

今回の米国のオバマ大統領とロムニー大統領候補の大統領選を見ても、どの米国の放送局も一言も「どちらが何歳でどちらが何歳」「こちらが黒人であちらが白人」など個人の生物学的な情報は流さないのです。偏見で大統領が選出されるようなことがあってはならないといったような職業倫理を持った専門家が報道機関にたくさんいるのでしょう。米国でもこういった偏見の情報はお笑い番組や地方の集会にはあるようですが・・・。大統領選挙から就職まで実力次第 ・実績次第・人物次第・優れた考え方次第・健康次第であって、我が国の様に候補者が何歳で男か女か出身や政党ならず派閥はどこかなどが選択の大きな柱として報道しているのは先進国としては失格です。

今、技術の海外流出が叫ばれていますが、企業の採用は依然として新卒一辺倒です。これに対して、年齢も民族も男女も関係ないとして高額で有能な技術者を引き抜く台湾や上海の企業に花を持たせる結果となっています。つまり実力次第・実績次第・職業意識と見識しだいで選択をしているので、生物的な要素は関係ありません。偏見を生み出す報道機関だけが例外ではありません。会社の採用や昇進などの人事も同様です。このような日本企業の一般的な人事部長や人事部は専門職として本当にプロフェッショナルと言えるのでしょうか。

例はさておき、総合職を育てるのは高度成長時代の日本のひとつの強みであったかと思います。「周りを理解して気を配れ、昇進をして役員などの地位にいつか就きたいのなら総合職であるからいろいろな職を渡り歩かせるから馬車馬にようにして働け、工業化社会であるから技術者以外は専門を持たずに難しい専門的なことを言わずに手をとりあってチームワークを乱すな。」というような論理であったと思いますし、それが一時は日本株式会社といわれたように日本の企業の間違いのない強みであったと思います。しかし、バブルがはじけ21世紀となると会社員という言葉が、正規雇用/非正規雇用・臨時・派遣社員・契約社員・外部委託・プロジェクトを他社と組んだ同社に居る他社の職員・パートに特定の雇用者をもたないフリーランス・親会社より出向・親会社のバックオフィスの代行・部署とは別のプロジェクトの役割など多彩になり働きかたもフレックスタイムや在宅勤務など多様化していることからも分かるように実際に企業に必要なのは専門職がほとんどである事実があります。それなのに未だに総合職を育てようとして人材の強みを引き出せていないのが一般の日本企業です。言い換えると、能力がどこにも発揮できないが調整とチームワークには長けている従業員が多くいるのが現代の日本企業の弱みであるのだと思います。

報道機関だけではなく、東電から中小企業まで技術者以外は知識と経験の浅い総合職が極めて多いのです。さらに専門職にも専門外の電話取りから掃除までを強いてきて、専門職の底上げをしてこなかったことが日本が失われた20年から脱出できない大きな理由となっているのだと思います。確かに欧米などでは専門職の能力が非常に高く、その反面情報と責任の受け渡しが部署や職員個々人を超えて疎通せず、うまくいかないもどかしさがありました。しかしITソフトによる業務管理や情報の共有など影響でこの弱みも格段に小さくなっております。現代の先進国の産業構造の中では専門職の力が国家の強みと個々の企業の強みを伸ばす鍵となっており、単純作業と大量生産は新興国に任せる傾向となっています。「日本の最大の力は技術力である」とはよく言われるのですが、それを支えてきたのは技術者という専門職です。「他の分野に本物の専門職がほとんど居なかったから技術力だけが最大の強みとして残った。」といっても過言ではありません。もっとたくさんの分野で専門職を育成するのが今後の日本全体の強みを生かすもっとも大きな武器であり、それは個々の企業にとってもいえることであります。

浅い総合職

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